偽造薬や模造薬は全世界で次第に大きな問題になりつつあります。致死性のある疾患のためにワクチンの予防接種や医薬品を求めている患者は、自分が希望していない偽物を入手していることがあります。
- 2019年にがん治療薬アイクルシグの偽薬が世界中で広まりました。偽薬には、がんに有効な主成分の代わりにパラセタモールが入っていました。
- 偽の新型コロナウイルスワクチンがメキシコ、ポーランド、インドで押収されました。あるものは生理食塩水で、あるものにはしわ取り成分が含まれていました。
- 2020年11月年にはブラジルとトルコで、ハーボニーと慢性C型肝炎の抗ウイルス薬の偽造品が見つかっています。
- ビタミンA欠乏症で小児感染による罹患率・死亡率リスクが有意に高いアフリカの子供たち向けのビタミンA(レチノール)薬剤の場合、有効成分が極めて少ないことが分かりました。
- 2020年5月には、マラリアや自己免疫疾患に使用するクロロキンの模造品がアフリカとヨーロッパで確認されました。
WHOによれば、低・中所得国では医薬品10点のうち1点が偽造薬です。偽造薬の販売は、犯罪者にとって儲かる仕事ですが、ヒトの健康に及ぼす影響は甚大で、命の危険さえあります。
偽造薬の脅威
偽造薬は内容が異なります。有効成分が全く含まれていない、違う有効成分が含まれている、あるいは適正量の有効成分が含まれていないなどです。また、毒性のある、時に致死的な成分が含まれている場合もあります。例えば、不衛生で規制から外れた製造時の条件に起因する細菌汚染などです。
それが命を左右する医薬品となれば、危険度はとりわけ深刻です。安全ではない偽造薬を知らずに服用するリスクだけでなく、患者は、本物の医薬品から得られる極めて重要な効能を得られなくなります。
偽造薬の問題は、規制を受けたサプライチェーンの外部で最も顕著です。違法なインターネット薬局から、友人や家族間での薬の使い回しまで多様です。
国際的な法執行により、犯罪行為の取締りが強化され、世界中の規制当局が体制の引き締めに乗り出しています。EUは域内での医薬品サプライチェーンの規制を強化するため、2013年に偽造医薬品指令を導入しました。ほぼ同じ時期に、米国では医薬品サプライチェーン安全保障法(DSCSA)が施行され、国内の医薬品サプライチェーンの防護が大幅に強化されました。
医薬品サプライチェーン安全保障法の施行
Partnership for Safe Medicinesによると、米国の医薬品サプライチェーンは世界で最も安全なものの1つとして広く知られています。しかし海外で違法に製造されている多くの医薬品の場合と同様、偽造薬の流通を企てる犯罪者の攻撃の対象となっています。
米国内の規制医薬品サプライチェーンの耐性と安全性を強化して、偽造品の脅威に立ち向かうため、医薬品サプライチェーン安全保障法が施行されました。この法律は、2000年代に主に州レベルで施行された規制をまとめたものです。
このような規則から、『ペディグリー』と呼ばれる流通履歴証明書が生まれました。ペディグリーは製薬会社が作成し、製品の権利を有する各法人に交付されます。「この証明書は、薬局であれ医師であれ、小売の最終地点にその製品が着くまで製品に添付されます。」と、UPSの北米ヘルスケアコンプライアンス担当ディレクターのティム・ビショップは説明しています。
州の規制をまとめたものは、スタートは好調でしたが、有効性という点では断片的でした。これを全国基準にしたいという業界の願いに後押しされて、2013年に連邦医薬品サプライチェーン安全保障法(DSCSA)が制定されました。
DSCSAの主な特徴として、サプライチェーンへの参入業者は、認可を受けている必要があり、しかも取引相手も認可を受けていなければなりません。またDSCSAは、サプライチェーン全体にわたって添付するペディグリーとほぼ同じような流通履歴証明書を義務づけており、それを一定期間保存しなければなりません。
「DSCSAの背景にある考え方は、サプライチェーン全体にわたるトレーサビリティです」とUPSの米国シリアル化担当スーパーバイザーのモーリー・リンカーは言います。
医薬品サプライチェーンにおけるシリアル化の導入
シリアル化とは、製品に固有の製品識別子を与えることで、DSCSAのもう1つの中心的な特徴です。同法の下、メーカーと再梱包業者は、一意の製品識別子を使用しなければなりません。製品の全米医薬品コード(NDC)、製造番号、有効期限を含んだ識別子を、製品の一次・二次パッケージに記載する必要があります。
これはトレーサビリティに役立ちます。長年、ほとんどの医薬品のトラッキングは、バッチかロット番号だけに頼るもので、これでは問題が生じたときのトレーサビリティの確保が困難でした。製品のリコールや問題が生じた際に、バッチレベルでしか追跡できないのです。しかも同じバッチの製品が、何十社もの異なるサプライチェーンパートナーに流通される可能性もあります。
「シリアル化によって、製品レベルで管理することができます。」とビショップは言います。「特定の製品に関して、それがどこから来て、どこへ行ったかが正確に分かるのです。これは、より精密なトラッキング方法です。」
相互運用性の向上
医薬品のシリアル化を導入したロジスティクスというのは、原則として理にかなったことですが、現実に処理をするには気の遠くなるような仕事です。
厄介な課題の1つが相互運用性の問題です。つまり、シリアル化した製品データを、サプライチェーンの認可を受けたトレーディングパートナーすべてに対して、電子的に利用可能にするという問題です。
DSCSAの要請の下、業界は2023年までに、トレーディングパートナー間でのシリアル化データの伝達を完全に電子的手段に移行させなければなりません。
相互運用性には、そのメーカーが製品を製造し、一意の製造番号を付けたことを認証する仕組みが欠かせません。
「これは業界にとって極めて大きな課題です。」とビショップは言います。「業界はそれを目指していますが、膨大な量の医薬品と、多数のトレーディングパートナーが存在するため、予想よりも時間がかかっています。」
技術レベルのすり合わせも難題です。サプライチェーンの運用はグローバルスケールであるため、地域や地方ごとに違う取り組み方法を調整する必要があります。」とビショップは言います。「サプライチェーンのトレーディングパートナー相互のコミュニケーションを円滑にし、解釈に相違が出ないようにできる『先端技術』を開発し、DSCSAの指定期限内にこれを達成するため、業界は最善策を模索しています。」
医薬品のシリアル化は、既にリバースサプライチェーンの運営に変化をもたらしています。「卸売流通業者は、返品された販売可能な商品を再販する前に、製品識別子をメーカーの記録と突き合わせて、サプライチェーンにおける当該製品の販売が合法であることを保証しなければなりません」とリンカーは説明しています。
医薬品サプライチェーンによる追加のセキュリティ対策
シリアル化は、医薬品サプライチェーンのセキュリティ強化に欠かせない要素ですが、これが唯一のセキュリティ対策というわけではありません。
医薬品パッケージをめぐるセキュリティは、継続的な注力分野です。メーカーは、ラベル表示のホログラフィー画像や、一次容器のセキュリティテープといった、付加的なセキュリティ機能に投資しています。これ以外にもできることはあります。「例えば、梱包のRFID技術は真新しいものではありませんが、広く採用されてはいません。」とビショップは言います。
輸送トラックのセキュリティも、医薬品サプライチェーン全体を通じて常に監視が必要な分野です。GPSトラッキングやトレーラーの貨物ドアロックの強化といった、ベストプラクティスに従う必要があります。トレーラーに必ず誰かがいるようにするために複数のドライバーの配置が強く推奨されます。配送先の近くで停車しないことも大事です。犯罪者は配送先を特定するため、その近くで停車すると標的にされかねません。
サプライチェーン記録を作成して不正な改ざんをできなくするブロックチェーン技術の発展も、取り組むべき問題です。
DSCSAの施行に伴う支援活動
UPSヘルスケアのような3PL(サードパーティー・ロジスティクス)プロバイダーは、サプライチェーンのパートナーや顧客と協力して、3PLのサービスをDSCSA要件に確実に適合させることができます。
UPSでは2017年に専用サービスを立ち上げ、クライアントのシリアル化への取り組みを支援し、流通履歴証明書を作成して、貨物に添付するか電子データ転送で送信できるようにしました。相互運用性の促進に役立つ流通履歴証明書には、DSCSAの目的上、欠かせない情報が入っています。
「私たちはパートナーやクライアントと共にさまざまな作業を行い、彼らの発展を支援しています。」とリンカーは言います。シリアル化の戦略を策定した顧客もいますが、多くの顧客は業界向けの最適ソリューションに投資できるように、より明確な方向性を求めています。施行は数年先であるため、今は待機状態の顧客もいます。しかしシリアル化の計画を先延ばしにするのは、現実的な選択肢ではありません。」
業界は、ビショップが言う「シリアル化の津波」に備える必要があります。
医薬品サプライチェーンの安全確保
DSCSAの施行は複雑ですが、シリアル化と相互運用性は既に動き始めています。DSCSA要件に応え、偽造医薬品との戦いで医薬品サプライチェーンのセキュリティを強化するUPSヘルスケアのソリューションをご覧ください 。